カダージュ……

呼びかける声は日の光をいっぱい吸い込んだ大地の匂いがした。

「母さん?」

包み込むようなその声に母を思うけれど、知っている。この声は「母さん」ではない、と。
「母さん」がそんな風に声をかけてくれたことなど一度もない。
いや、そもそも「ボクたち」は「母さん」に会ったことすらないのだ。

だから、ボクがその優しい声を母さんだと思ったのは、きっと「彼」がそういう風に母親を認識していたからだろう。

実際に「彼」が見た母は、冷たい、物言わぬ身体だったケド。 胸部から上がかろうじて残っている彫像のような姿。長い髪の毛。長く長く伸びて纏わりつき。
頭部から伸びたコード。片目に埋め込まれた赤い石。それは頭部のコードと接続されて赤い光を発している。何かを映すことはなく、ただ電源がオンになっているかどうかを表すサインにすぎない。
そんな母さんの腰から下は、ない。

「彼」が目にした母はそんな形だけの存在で、優しい言葉をかけてもらったことも、この声を聞いたことすらないのに。
それどころか母さんはきっと「彼」の存在すら認識していない。ただ光るだけのその目は「彼」を見はしない。
なのに、「彼」は心のどこかで、母親とは優しい存在だと思っているのだ。
なんて、なんて、滑稽な話。

けれどもボクたちは、その偽りの存在に過ぎぬ母さんに、これ以上ないほど憧れているんだ。

とても、惨めだ。

ボクよりも、誰よりも、「彼」が………。




カダージュ……

「なぁに?」
聞こえてくる声に返事を返す。無意識のうちにどこか甘えるような声が出た。


カダージュ……

「聞こえるよ、母さん……」

行こうか……

「どこへ?」

あのヒトに、会いに……

「…うん」


母さんが望むなら、ボクはどこへでも行くよ。

そしてボクたちは目覚めた。
これが「彼」にとっては誤算であったことを、ボクはまだ知らない。

けれど、例えそこにどんな思惑があろうとも、この声の持ち主こそが、ボクの「母さん」だと決めた。
だってぼくはそれ以外に、こんなにもあたたかな存在を、知らない。



ジェノバの誤算



セフィロスの思念体として目覚めるはずだったボクたち。
いや、実際に思念体であることは変わりない事実なのだけど…。
ボクたちが実体化する瞬間、「彼」-セフィロス、またはジェノバと一体化したセフィロスの残骸、が予期せぬ出来事が起こった。

「母さん」とボクたちとの接触。

ジェノバではないボクたちの母さん。ライフストリームの一部となり星を漂う中、いまだに自我を保っている稀有な存在。
その母さんが、実体化と同時に始めて意識を持ったボクたちに話しかけてきたんだ。

「なぁ、カダージュ」
「ん?」
ヤズーが気だるそうに首を傾げる。
「母さんの言うヒトって、兄さんのことだよなぁ?」
「あぁ。そうだよ」
あのヒトに会いに行こうと母さんは言った。それはボクたちの兄さんのことだ。

本当の彼に、会いに行こう……

母さんはそう言った。だからボクたちは、母さんの望む通り、兄さんを探しに来ている。
砂埃の向こうに見えるのは、ミッドガルの残骸。その残骸の中から生まれた街、エッジ。そこに彼はいる。

「なぁ、その兄さんっての、殺しちゃマズイんだろ?」
ロッズが詰まらなそうに聞く。
「そうだなぁ。俺たちは兄さんに会いに来たんだから、殺しちゃマズイだろうなぁ」
相づちを求めるようにこちらを見遣るヤズーに、頷いて見せた。
「会って、どうするんだ?」
もっともなロッズの質問に、ボクは答えなかった。変わりに、彼が求めている言葉を言ってやる。
「力試し、くらいならイイけど?」
「ヘヘッ!そうこなくっちゃ」
兄さんのバイクが荒野の遥か彼方を行くのが見える。
「ほら、兄さんだ!」
ロッズとヤズーがバイクで兄さんを追いかけていくのを目で追いながら、ボクは携帯を耳に当てる。
「『母さん』は、どこ?」



兄さんに会う他に、母さんが望んだこと。
それは『母さん(ジェノバ)』の首の回収。
星を渡る母さんには分かるんだ。ジェノバの首がまだこの地に存在していることが。
母さんはボクたちにジェノバの首を探すよう言った。
首を見つけて、それで母さんがどうしようとしているのか、何をしようとしているのか。それはボクたちには関係のないことだった。
いや、例えそこに深い関係があろうとも、ボクたちは母さんの願いを叶えてあげたい。それがどんな願いであったとしても。
それがボクたちの唯一の、願い、だ。

思念体であるボクたちは、セフィロスが英雄だった頃の記憶も、ジェノバと一体化した後の記憶も持っている。
それを元に考えると、神羅の手に渡っている可能性が一番高い。
例え首を所有してなくとも、揺さぶりをかければすぐに探索に出るだろうことは容易に予想できる。
何といっても神羅の連中の、ジェノバに対する執着は並ではない。…それとも、それがジェノバの意思なのか。
所詮、ボクには関係のないことだ……。



「…どちらさんですか、と」
携帯から聞こえてきたのは、フザケタ口調の男の声だった。
ボクの脳内では考えるまでもなく、男の顔が浮かんでくる。
タークスの自称エース、赤毛のレノ、だ。
セフィロスがソルジャーだった頃から、共に仕事をしてきた仲だからだろう。声と顔が一瞬の内に整合した。
彼の記憶というのは不思議だ。それは決してボク自身のものではなく、まるで他人の記憶を持ってしまったかのような説明出来ない感覚。
-思い出す情景や人々は、どこか霞掛ったものでもある。-


***


「『母さん』は、どこ?」
「……は?…迷子の子猫ちゃんならおまわりさんに電話してくれよ、と」
呆れた声でレノは通話を切ろうとしたようだったが、構わず続ける。
「『母さん』だよ。あんたたちが隠してるんだろ?」

意味ありげな声音を出すと、レノが一瞬躊躇したのが分かる。きっと今頃あの真っ赤な頭の中は目まぐるしく動いているのだろう。
タークスの連中は、時折ふざけたヤツもいるが、情報処理能力においては皆優れたものだ。そういう風に、彼-セフィロスは記憶している。
普段はのらりくらりとした態度のレノも、ほんの僅かな会話の中から有用な情報を拾い集めようとしている。それがなんとなくボクにも分かる。

「…まさか、ジェノバさん家の関係者、じゃないよな、と」
勘も悪くないよね。薄く笑った。
「ねえ、あんたじゃ分からないなら、社長に変わって」

電波越しでは聞き取れない程の微かな物音。そして聞こえたのは、張り上げなくともよく響く声。
芝居がかったトーンで前置きなく切り出した。
「ジェノバの首なら、私は知らない」
他者を前にした演説に慣れきっている落ち着いたこの口調は、ルーファウス・神羅。どこか冷めているようでいて、人一倍支配欲は強く、そのくせ変に柔軟なところもある……一癖も二癖もある人物だ。
セフィロスの記憶の欠片にも、所々現れる。

プレジデント神羅の一人息子だが、実の父親も持て余す所があったようで長期出張という名目で遠ざけられていたけれど、その当時から支配欲だけはしっかりあったみたい。幾度かセフィロスに個人的に接触したりもした。
隙さえあれば父親を押しのけてでもトップに立とうとしていたし、当然プレジデントもそれを見越して出る杭を打ったりもしたようだ。
もっとも、どんなに問題のある息子でも将来的にはカンパニーを継がせるつもりだったのだろう。排斥にまでは至らなかった。そして息子はそれを逆手にとったというべきか、父親が死んだら早々に社長の座について当然とばかりに振舞っている。
あまり親子の仲が良かったとは思わないが、本人たちの思惑はともかく、-あの父親にしてこの息子-、という言葉がぴったりだった。


***


ルーファウスたちがジェノバの首をこの時点で持っていようがいまいが、どちらでも良かった。
まずは揺さぶりをかけることが目的だったのだから。
もし持っていれば、これから奪えばよいのだし、持っていなくともこうしてわざわざボクが連絡を入れた事実が、彼らの動く理由になる。
きっとあの社長のことだから、ジェノバの首を探そうとするだろう。ボクらはそれを見張っていればいいのだ。
ルーファウスたちがミッドガルからそう遠くはないヒーリンにいることはすでに確認している。
ボクは電話をきり、ロッズとヤズーに向け合図した。その時、

兄さんが、ボクを見た。

あれが母さんが探してるヒト、なんだ…。
母さんは、本当の彼に会いに行こうと言った。でも、彼は確かにココに存在しているし、それは本物であるけれど、母さんには何か違う考えがあるみたいだった。
それが何であろうとボクは母さんの思いに従うつもりだったけど、とりあえずボクたちの兄さんを目にした率直な感想は……

-…暗そうなヒト、だよね-

戻ってきたヤズーが、プッと吹き出した。
ロッズが、遊び足りないと文句を言ったけど、ボクたちの目的は兄さんと遊ぶことじゃないから、動き始めるであろう社長たちの動向を追うために、ヒーリンへと向かった。




-NEXT-


 
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