「レノ、聞こえるか?」
インカムを通して上司の声が届く。
「はい、感度は良好です、と」
「よし、セフィロスが出るぞ。車を回せ」
「了解、と」

もうじき昼が近付こうとしている。太陽も早朝と比べるとずいぶんと上まで昇ったものだ。
ジュノン支社のビル前で、レノは大きく手を上げて合図を出した。
朝から比べると、辺りの見物客は恐ろしいほど増えている。
最初はいわゆる追っかけと呼ばれるコアなファンたちだけだったが、日が昇るにつれミーハーな見物客が増え、一般の人々も一目英雄を見物しようと集まってきた。そしてその人々によった更に何事かと首を突っ込んできた野次馬たち。
ビル前は、すっかり人で溢れかえっていた。今では神羅兵が専用のロープを張って、見物客を規制する状態だ。

タークスの制服を着たレノたちは、セフィロス警護の者として当然注目を集めていた。
そのレノが合図を出すと、人々のざわめきは一層大きくなる。更に、合図に合わせて黒塗り高級車がビルの正面玄関ギリギリに停められたりなんぞしたら、いよいよ英雄登場かと、周囲の空気は盛り上がった。

セフィロスはたった今、プレジデント神羅と共に神羅の提供する番組での記者会見を終えたばかりだ。
会見の内容は常の通り主にプレジデントの演説で終わり、セフィロスはただ英雄らしく(?)プレジデントの後方に控えていただけだが、彼が画面の片隅にいるというだけで世間の注目度は天と地程の差が出るというもの。
何よりセフィロスの容姿は目の保養でもあった。好みかどうかは別として、プレジデントだけの画像と比較すれば、その差は歴然だろう……。
その、セフィロスにとっては何の意味もない会見を終え、これからジュノンにある会員制の高級レストランでプレジデントを始め、神羅の幹部と神羅と提携しているいくつかのカンパニー重役の会食の予定だ。
レノとルードの仕事は、そのレストランまでセフィロスを無事に送り届けること。ツォンはプレジデントの護衛だ。

ツォンの連絡により、車を呼び寄せたレノは、そのままルードと共にビルの中へと入っていった。人々の目にはセフィロスを呼びに向かったと映るだろう。ビルの前では相変わらず神羅兵が、警戒を続けている。
レノたちが姿を消ししばらくすると、数名のスーツを着た男たちが現れて、車に乗り込み、人々の期待を裏切って発進した。



結論を言うと、セフィロスとプレジデントは、屋上のヘリポートから小型ヘリでレストランに向かっていた。
会員制高級レストランというだけあって、ここの客にはいわゆる有名人も多い。彼らのプライベートを考慮して店の屋上にはヘリポートがある。プレジデントなら支社からここまでヘリで移動するなぞ朝飯前。この便利さが、このレストランを利用する理由の一つでもあった。
まんまとレノに騙された形の見物客たちは、おもしろくないだろうが、これも仕事だから仕方がない。

ビルに戻るとすぐに屋上に向かったレノとルードは、すでに発進準備が整っているヘリに乗り込んだ。
中にはすでにプレジデントとセフィロス、あまり支社にくることはないリーブと、意外なことにルーファウスがいた。
操縦席の神羅兵の隣にはツォンが座っている。レノとルードが乗り込むと同時に、ヘリは緩やかに上昇した。

「珍しいな…リーブくんがジュノンに来るとは」
出発と同時に、ルーファウスが常と同じくマイペースに口を開いた。
「はぁ…社長に呼ばれまして……」
本人も呼ばれた理由に首を傾げているのだろう、歯切れの悪い口調で在り来たりなことを口にするリーブに、ルーファウスはちらりと笑い、プレジデントは面白くなさそうな目を向けた。
リーブを呼んだ理由は会食の席で、ここぞとばかりに話し出すつもりだったのだろう。今説明するのは、彼の予定にはなかったが、黙っているのも微妙な状況に不機嫌そうに鼻を鳴らすと素っ気無く言った。
「リーブくんにはミッドガルのことで色々話をしたいことがあってね…。詳しいことは後で言うが。それよりルーファウス、お前を呼んだ覚えはないが……」
今度はギロリとあからさまに睨むプレジデントに、ルーファウスは大袈裟に肩を竦めて見せた。
「俺がいたらマズイことでもあるのかな?」
「…そうは言っておらん」
親子喧嘩はヤメテクレーな空気の中、それを読んだのかどうか、ルーファウスは沈黙を保ち我関せずなセフィロスに水を向けた。
「それに、折角神羅の英雄がひさしぶりの帰還を果たしたのだから、それを迎えるのは副社長として当然のことだと思うが」
無理矢理話のダシにされた感じだが、セフィロスは特に何の感情も浮かべず一瞬ルーファウスに視線を向けただけで、すぐにまた自分の世界へと戻っていった。ルーファウスもそんな英雄の無愛想な態度には慣れたもので、特に言及はしなかった。



微妙な空気のまま、ヘリはあっという間にレストランに辿り着く。
完全に地面に着地するより早く、レノは飛び降りて辺りを確認した。
ここでの会食予定は公表されていなかったが、屋上から下へと視線を向けると、どこから聞きつけてきたのか数人がすでにレストラン前で張っていた。
「恐るべきはファンの情報網……」
別に極秘扱いしているわけではなかったが、一応関係者には口止めしていたはずなのに、彼らのネットワークは侮れない。

ヘリが着陸し、旋風を上げるプロペラが完全に停止した後、プレジデントとリーブが降り立った。
レストランの関係者がすでに屋上入り口で待機している。こちらに向かい丁寧に頭を下げると、先に立って案内を始めた。
それに続く形でルーファウスが地面に立ち、ゆったりとした仕草で降り立ったセフィロスを振り返った。
「英雄というのも、大変だな」
皮肉げな口調で、ちらりと父親を見遣ると、好き勝手連れまわされているセフィロスにわざとらしく気の毒そうな視線を寄越した。
セフィロスは相変わらず特に返事というものをしない。といっても、ルーファウスを無視しているわけではなく、視線は一応返している。ルーファウスが返事を必要としていないことに気付いているのだ。

「もっとも、それだけの価値が、神羅の英雄にはあるからだが…」
すでにプレジデントとリーブは、建物内部へと消えていた。彼らを護衛する形で続いたツォンが、入り口でちらりと振り返ったが、そのまま背を向ける。
屋上にはルーファウスとセフィロス、少し離れてタークス二名と操縦者が乗ったままのヘリだけになった。

ルーファウスは形ばかり声を潜めて言った。
「……いずれはその力を、私のために使ってもらいたいものだ」
あえて答えは聞かぬ形で告げると、ルーファウスはうっすらと笑って入り口へと歩いていった。
セフィロスは一瞬立ち止まってその姿を見送ると、一部始終をしっかり目撃してしまったタークスと目を合わせた。

ルードは意味もなくサングラスを直し、レノは、オレは何も聞いてませんヨ~、というように調子っぱずれな口笛を吹いていた。
フッと小さく笑ってセフィロスは、天高く鷲の飛ぶ青空に背を向けた。




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