POP!


手から離れたアルミ缶は、自然の掟に従って渇いた音と共に地面にくちづけた。

「…重力って偉大だぞ、と……」

指先に残された、よく冷えた缶の雫も偉大なる重力に従属することに依存はないようだ。
ポタッと垂れた雫が、カラカラに乾いたアスファルトに小さな円形を形作り、これまた自然界の掟に従い、溢れる熱の中あっという間に消え去った。

「おぉ~」
「なーにバカなこと言ってんですか、レノ先輩!そんなことで感動しないでください!ホントに、この暑さにヤラれちゃったんですか!?」

可愛い後輩の声も、上昇気温でゆらゆら揺れる世界の中では、遠い世界から響く幻聴にしか聞こえない。

「ちょっ、マジでヤバイっすよ、レノ先輩……」

呆れたように可愛い後輩は、もう一人の先輩に救いを求める。
ルードは、落ちて転がった缶を拾い上げ、無残にもへこんだ部分を眺めていたが、黙ってそれをレノへと差し出す。レノも無言のままそれを受け取ると、「つめてえ」と嬉しそうに呟いた。
その目は、どこか宙を見つめたまま、猫背気味の背は、いつもよりさらにぐだっと折れ曲がっている。

「………イリーナ」

ルードは低い声で静かに後輩の名を呼んだ。

「はい?」

名を呼ぶルードも答えるイリーナも、やはりいつもよりほんの僅かに元気がないのは、このうだるほどの暑さのせいで。

「………お前も何か飲むか?」
「………はい。私、買ってきます。ルード先輩は何がいいですか?」
「………炭酸系」
「了解っす!」

普段は炭酸飲料を好んで摂取するタイプではないのだが、この暑さの中では、アワアワがジュワッとポップにハジケル様は、これ以上ないほど魅力的で。
この暑さの中でも、いつものタークススーツを、一部の隙もなく着こなすルードの隣で、しっかりと着崩した男が、へこんだ缶を開けて、溢れる炭酸に「おぉ~」と無駄に感動していた。

「なぁ、ルード」
「………ん?」
「俺、今ツォンさんにあったら、思わずあの髪を斬りおとしてしまいそうだぜ、と」
「………会わなくてよかったな」
「おぉ」



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冷やし中華はじめました


「その一文を愛すると同時に心底憎むよ……」

そんな阿呆な言葉を、これ以上ないほど真剣に深い溜息と共に溢したのは、何となく社内での立場が微妙な都市開発部長リーブだった。
「気持ちは分からなくもないデスけど、そんな真剣に言う程のことですかね、と」

社内にも関わらず、それ以上胸元肌蹴たらセクハラで訴えます!と可愛い後輩に宣言されるギリギリまでだらけきった格好で、タークスのエース、レノは肩を竦めてみせた。

「…キミの態度も言葉も、上司に対するものとは思えへんわ……ついでに怖い魔法をさらっと紛れさせるのもやめてほしいわ」

ボソッと呟いたリーブの言葉が聞こえなかったはずはないだろうに、サラッと無視してレノは適当な口笛を吹きながら、エレベーター内に張られた『亀道楽』の最新のチラシに目を向けたまま。

「『当店自慢の冷やし中華(秘蔵のタレ)と生ビール一丁で、心頭滅却!地獄の業火もまた涼し!ご来店お待ちしております!』………」

淡々と読み上げて、しばし沈黙。その隣でまたリーブはブツブツと一人呟く。

「なんや、わけ分からなん宣伝文句やなぁ」

社内は適度にクーラーがきいていて、『地球温暖化』や『冷房の設定温度』なんて言葉は当然、魔光をガンガン使いまくっている神羅にはない。
それなのに、どうしようもなくいらつくのは、外部の暑さを知っているからだろうか。
どんなに快適な空間を作り上げても、一歩その空間を出れば茹だるような暑さがあると、分かっているから。そして、その不快な空間こそが、自然であると、身体が理解しているからか。
なぁ~んて、グルグルと一人頭の中で回っていたリーブの隣で、沈黙を守っていた男がついに口を開いた。

「リーブ部長、俺、明日から有給取ろうかと思ってマス、と」
「は?」

ポーンという軽い音と共に開かれたエレベーターから、無駄に長い足でさっさと降りると、徹頭徹尾好き勝手な態度を取り捲っていた立場的には部下な男は、赤い髪を揺らして消えた。

「…まさか、こんなチラシ一枚で!?侮るな、エレベーターのチラシってことかいな?いやいや、ってかあいつ、さり気に誰よりも重傷や!」

こんな一枚のチラシに真剣になっているのはどっちだよ……。
そんなツッコミをいれながら、優秀な彼の直属の上司が、暑さにヤラれた部下の気の迷いを覚ましてくれるよう祈った。



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