嘘の言葉


白く細い指先で、花びらを形ばかりに整えてみせるエアリスは、いつもふんわりとした優しい空気を纏っていたが、ここ数日、柔らかな横顔にほんの微かに今までとは違う色が混じっているかのように見える。
ツォンは、あくまでも冷静に彼女を分析しているつもりで、透明な横顔にかかる栗色の髪が揺れる様を眺めていた。
年の割に、そして意外におちゃめな性格の割には、エアリスの纏う空気は常に落ち着いたもので、大地に根ざした大樹のような安定感を周囲に与える、と。そうツォンは思っていた。

「タークスってば、ホント、暇だよね。わたしのこと見てても、何も分からないよ?」

遠回しに、監視について嫌味を述べるのはいつものこと。いや、嫌味ともいえないくらい柔らかな言葉だが。
相変わらず花から視線をそらさずにそう呟くのは、聞きなれた言葉のはずなのに、今日のエアリスの声は、数日前のものとは違っていた。
といっても、分かりやすく楽しげだったり、反対に悲しげだったりするわけではない。いつもと変わらぬように本人が意識しているのだろう。けれども、ツォンはその意識の隙間から零れ出る、今までには無かった何かを、敏感に感じ取っていた。

「暇ではないが、これもプレジデントに与えられた仕事だからな…」

お決まりの言葉を同じ様に返しながらも、ツォンは細めた目で彼女の心の奥底の変化を見極めようとする。
横顔は変わらず白く美しい。

「仕事、仕事って、面倒くさい、ね」

ふと視線を宙に止めた彼女の口から零れ出たのは、命じられれば例えそれが不本意な仕事であろうとも、遂行せねばならぬことに対する、非難、ではなく。吐息と共に呟かれた言葉は明らかに同情の色をのせていた。

「……珍しいな」

思わずそう言うと、エアリスは我に返ったかのように視線を再度花に向け、「なにがぁ?」と軽い微笑と共にすっ呆けてみせた。
社長に命じられれば、それがどんなに汚い仕事であろうとも完遂するタークスに、彼女は嫌悪こそ感じさえすれ同情などと。今までにはありえないことだった。ましてや彼女自身が、その仕事の対象であれば、その嫌悪は尤もなことで。
むしろ突然示された同情の方にツォンは戸惑う。そしてすぐに気付く。
彼女が同情しているのは、ツォンに対してではない。
その気持ちが向かっているのは、きっと、ツォンと同じような立場にある『誰か』。
自分の洞察力を皮肉に思うのは、これが始めてではなかった。

「…そうだな。何が、と問われれば、キミが珍しくも神羅の人間に同情的であることについて、と答えるが」

ふっと、押し黙ったエアリスの首から顎にかけてほんの少し力が込められる様を、ツォンはじっと見つめる。
次の瞬間、エアリスは、ふわりと、まるで花びらが風に揺れるように、自然に口元を緩めた。眩しげに細められた目は、花の向こうに誰かを見ている。
なんて嬉しげに笑うのだろうと、ツォンは顔色一つ変えずに見ていた。

「ツォンには隠し事、出来ないのよね」

それは明らかに皮肉だったが、そんな風に、まるで世界が彼女の喜びと共に輝きださんとばかりに微笑まれては、耳に痛いはずの言葉も優しげな囁きにしか聞こえない。
ツォンは、自分が微かな苛立ちを感じているような気がして、相づちを控えた。
もっとも隠すことをやめたエアリスは、爪先から髪の先まで眩いくらいの色に覆われて、ツォンの態度など眼中にないようだったが。
先程までツォンが微かに感じていた色は、今やエアリスの周囲を取り囲むように鮮やかで、それらは情熱の赤、眩い橙、喜びの黄、けぶるような緑、鮮やかな青に深い藍、そして微かに見える菫色。
それらの色が複雑に混じりあい、またある時は一色が強く現れ、エアリスを取り囲んでいる。
もちろんこれはツォンが感じた色で、目に見える類ではない。もしかしたら、割れたステンドグラス越しに入る光のせいでそう見えるだけかも知れない。けれど同じ様にエアリスを前にした人間なら、きっと伝わるであろうこの雰囲気。
周りの人間に祝福を強要するかのような、暴力的で鮮やかな。

「あのね…」

ふっと立ち上がったエアリスは、けれど視線はそのまま花に落としたままで。伸びた背筋に俯く横顔。それを彩る柔らかな栗色の髪。ほんの微かに恥らいをこめた声。入り込む自然の光。

「わたし、好きなヒトがいるの」

「そうか…」

ごく冷静な相づち。そして、

「私が言うのもなんだが……良かったな」

立場は複雑なれど、彼女を見守ってきたものに相応しい柔らかな声で優しい言葉。完璧なはず。

それなのに…。
今日始めてこちらに視線を向けた彼女は、先程までの色を薄め、どこか困ったような瞳でツォンを見た。
けれどそれは一瞬で、どこまでも澄んだ瞳で差し込む光を眩しげに見つめながら、「うん!」と綺麗に微笑んだ。

ツォンはやんわりと笑って、「また来る」と言うと、エアリスはいつも通り、「もう来なくていいよ」と言った。
もう、来なくて、いいよ。いつもと同じセリフが、今日はやけに耳に残る。
ツォンはさっと身を翻して教会を後にした。それが逃げだということは、冷静に自己分析していたけれど。今の顔を彼女に見られたくないと、なんとなく思った。

花や星や大地の、声鳴き声を聞くことの出来る彼女には、きっと伝わってしまったのだろう。
『……良かったな』なんて、吐き気がするくらい柔らかな声で醜悪な嘘の言葉。
彼女の耳には、どんな風に聞こえたのだろう。
それでも何食わぬ顔で、綺麗に笑うエアリス。
対するツォンは、求められるささやかな祝福すら与えてやることの出来ぬ自分を哂う。



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